15年前、僕の好きだった女の子は微かにメロンジュースの香りがする
幼稚園の頃、日曜の朝が大嫌いだった。
日曜の朝と言えば、スーパー戦隊、仮面ライダー、プリキュアが放送している時間帯だ。
1週間の中で最も楽しみにしている子供がいてもおかしくない。
では何故嫌いだったか?
答えは簡単だ。悪役が怖いからである。
子供の頃、たくさんの大人から、「奎太くんは想像力が豊かだね~」と言われた記憶がとてもあるが、今思うと想像力が豊かなのではなく、ただ単に現実と物語の区別がついていなかっただけなのだろう。
ヒーローのいないこの世界において、もし目の前に怪人が現れたとしたら、例えそれが無職であろうと、医者であろうと、政治家であろうと、高専生だろうと関係なく、太刀打ち出来ないまま殺される。
僕は4歳にして、知るべきではない世界の真理に気づいてしまった。
この世界にはヒーローが存在しないと分かっているのにもかかわらず、怪人が現れた時の心配をするとは、なんとも偏った思考だが、生まれてからわずか4年の脳みそにそんな理論は通用しない。
そんな僕でも、好きなヒーローアニメがひとつあったのを思い出した。
アンパンマンである。
バイキンマンは人を殺さない。
見る理由はそれだけで十分だった。
中でも僕はロールパンナちゃんが好きだった。
作中で唯一武器を使うパン戦士であり、アンパンマン等が腕を前に出さないと飛べないのに対し ロールリボンを両手に抱えたまま戦える飛行能力の高さ。
植物を愛でる優しさを持ちながら、戦うときは冷静なメロンパンナちゃんのお姉ちゃん。
だがなんと言っても1番の特徴は、良い心の他に悪い心を兼ねているとこである。
いつもは優しいお姉さんだが、悪い心の方が強くなると、たちまちバイキンマンの味方になり、アンパンマンに襲いかかる。
何故彼女だけ2つの心を待っているのか?
そこには、作者のやなせたかし自身も、「1番好きなキャラである。」と同時に、「何故このキャラを生み出してしまったのか。」、と述べるほどの深いエピソードがある。
ジャムおじさんの計画では ロールパンナはメロンパンナちゃんのお友達になる予定だった。
しかし、メロンパンナちゃんが姉を欲しがったため、急遽お姉ちゃんとして作られることになる。
メロンパンナちゃんが見つけてきた「まごころ草」という草のエキスを入れ、とても優しい女の子に育つ。
はずだった。
だが、制作過程でバイキンマンがこっそり「バイキン草」のエキスを生地に混ぜこみ、「まごころ草」の効果を打ち消してしまう。
生地の発酵が終わり、釜戸に入れて焼くが、「バイキン草」が入っているせいで上手く膨らまない。
そこで、自分のメロンジュースを入れてみてはどうか、とメロンパンナが提案する。
そのおかげで何とか焼きあがったものの、目の前にいたのはアンパンマンを倒すことしか考えていない機械のような女の子。
まごころなんか微塵も感じられない。
だがアンパンマンと戦う過程で、メロンパンナが自分にとって特別な存在なのではないかと思い始める。
そして、メロンパンナに危機が迫ったとき、ついにまごころが開花する。
良い心が戻ったロールパンナは、アンパンマンと一緒にバイキンマンをやっつけることに成功する。
これでみんなと一緒に暮らせる...かと思いきや、ロールパンナはそのままどこかへ旅立ってしまう。
泣きながら追いかけようとするメロンパンナを「行かせてあげなさい。」と止めるジャムおじさん。
ロールパンナは賢い。
バイキン草が抜けきっておらず、悪い心が暴走すると、またみんなに迷惑をかけてしまうことを引け目に思っているのだろう。
パン工場へ帰るみんなを見下ろし、再びロールパンナが飛び立つとこで話が終わる。
僕はアンパンマンの中でもこの話が断トツで好きで、大事な人との別れがあると、よくこの話を思い出す。
僕がこの話を見てから15年経ったが、未だにロールパンナはパン工場に戻ってこない。
皆に迷惑をかけまいと、「くらやみ谷」というところでひっそり生活している。
いつか二人が幸せに暮らせる日が来ることを、僕は今でも待ち続けている。